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ブログ - 喪われた風景

喪われた風景

カテゴリ : 
日々の諸々
執筆 : 
rein 2011-4-29 4:44
かつてミリタリー小僧だったボクは、軍艦や軍用機への興味から
戦争に関する書物を小学生の頃から読み漁っていた。
その中で戦争により焼け野原になった風景や廃墟となった街の
写真を沢山見た。
それは現実感を伴わないものの、今現在に至るまで
喪われた風景の記憶としてボクの中に刻まれている。

阪神大震災で、日常クルマで走っていた高速道路が倒壊し、
生活圏まではいかないものの、身近な行動圏内とも言える
神戸の街が燃えるのを見て慄然とする。
震災から1年弱ほど経って、神戸の街に入って
喪われた風景の「現実」の場に立って、愕然とした。
目眩がした気がした。建物や電柱が傾いたり歪んだりしているので、
視覚的な平衡感覚が混乱したのだ。
そして、喪われた風景を現実として受け入れなければならなかった。
かつて写真で見た焼け野原や廃墟の街が「現実」として
身近な風景が喪われた場所に取って代わったことを。

JR福知山線の脱線転覆事故の路線は、通勤で5年ほど毎日乗っていた。
事故現場は、毎日車窓から眺めていた日常の風景だった。
その毎日の日常の風景が、毎日乗っていた電車が見るも無惨な形で
喪われてしまった。

そして東日本大震災の被災地の状況をニュース等で見る時、愕然とする。
またしても風景が喪われた。
東日本は身近な場所ではないけれども、もう現実感の無い写真ではない。
喪われた風景の現実を記憶したボクは、東日本大震災の被災地も
現実の喪われた風景として実感する。

日常の風景が喪われる事は、年月を経て喪われる風景への憧憬と違い、
死にも等しい。
依って立つ現実の足場を喪失する事は、死にも等しい。

阪神大震災の時、私は死を覚悟した。
喪われた風景が現実となった時、私は死んだ。
日常の喪失と共に「なにか」を喪った。
それは命と同義のものだったのかも知れない。

正直に心を記そう。
阪神大震災の日から私は、死んでいるのだ。
喪われた風景と共に。
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